HOMENOVEL

セイレーン〜novel side.

14.エピローグ〜海へ〜


 橙の灯火が街中を照らし出す。
 月の光も霞ませる熱量が、夜を埋め尽くしていた。
 数日間休むことなく続く聖フォルトゥナ祭の賑わいは、全てを掻き消すように感覚を麻痺させ、あの前夜祭の出来事も夢か現か曖昧になっていく。
 人々はただ、今に酔いしれ祭りに興じる。
 広場では老いも若いも男も女も問わず、笑い合い踊り明かしていた。
「・・・・・」
そんな喧騒から遠く離れた、町外れの海辺にひとりの少年は足を向けていた。
 予感、いや確信したからこそ此処に来た。
 最近になって何度も見つめてきた風景の一部に、濃紺の空と海に一つずつ浮かんだ月を眺める後ろ姿があった。
「・・・・・」
 言葉はかけなかった。
 あの時のように、ただ隣に並んだ。
「・・・来てくれるって思ってた」
「・・ああ。遅くなって悪かった」
 おさげの髪はほどかれ、背中に流されていた。剥き出しの腕は水に滴り、艶やかに輝く。
 少女は少し恥じらうように、首を傾げる。
「もう行かなきゃいけないんだって」
「・・・そうか」
「あの後・・・」
「大丈夫だ」
 申し訳なさそうに顔を覗き込んできた少女に、―――上手く微笑むことは出来ただろうか。
 ただ、見つめたその表情もまた綻んだから、平気だったのだろう。
「あのねテオドール―――」
「フィー」
 思いがけず名前を呼ばれて、少女は驚いて目を丸くした。
 人の名前を呼ぶことなどあまりないと自分でも思うのだ。だがもっと。今までなら考えられなかったことを、伝えたい。海の色に揺らめく幻想的な光景に霞んでしまわないように。しっかりと瞳を重ねて、想いを込める。
「また、会おう」
「っ」
 少女の瞳がまるで満天の星々を湛えるように潤んだ。
「うん。また、ね・・!」
 にっこりと微笑んだその姿は何よりも美しく。伝った一滴は何よりも愛しく。
 他に言葉はいらなかった。
 これからもずっと、こうしてまた会えばいい。
 約束をしなくても、自然と出会えていたのだから。
 遠いあの日のように、また。

 少女は海をいく。
 水掻きのような耳に、鱗模様に反射する腕。足は魚の尾を纏って。
 ―――人魚へと姿を変えたセイレーン達と共に。自らもその姿になって。

 海の色が世界を染め上げる。
 これは、セイレーンが姿を変えた一つの<うた>の記録。
 ひとりの少女とセイレーンの物語は、生きとし生けるすべての<いのち>へと繋がるはじまりの伝承となる。
 そうして物語は、海から空へと向かっていく。

セイレーン<完>

このページのトップへ