el ma Riu Fantasy03.序章~アルマ・ラグ・シィラ~

序章~アルマ・ラグ・シィラ~

第三節~太陽に愛された娘

 微風が頬を撫でる。さらわれた前髪が鼻先を擽る。
 薄く引き伸ばされた雲が上空をゆっくりと流れる。
 見上げた木陰の隙間から小鳥が数羽飛び立ち、贈り物のようにひとひらの羽が舞い落ちてきた。
 手を伸ばせば吸い付くように収まったそれは、一本の芯にふんわりとした毛玉と、艶やかな毛先が伸びている。指先でつまんでくるくると回してから、何の気なしに顔を撫でてみた。
 肌から伝わる思った通りの柔らかさを感じていると、
「どうしたの?」
 不意に上から声をかけられ、視線をそちらへと向けた。
「いや、ふわふわしてるなと」
「何それ」
 逆光になっていてもわかった。眉を寄せて笑われ憮然となる。
 客観的に見ると何だか女々しい事をしたと恥ずかしくなってきて、慌てて付け加えた。
「同じ翼でもこうも違うんだなってことだよ」
 咄嗟の事で言葉が足らなかったにも関わらず、相棒はしっかりとその意を汲み取ったようだ。
「そうだね」
 茶化すことなど全くない、寧ろしんみりとした答えが返された。
 その反応も何だか居心地が悪くなり、ソールは勢いよく起き上がった。
「そっちこそどうしたんだよ」
 隣に腰を下ろしたハーイルを覗き込む。
 男にも関わらず、綺麗という表現が一番しっくりくるその顔立ちは体格と身長がなければ女性と疑わないだろう。ソールも身長は平均以上ある方だが、ハーイルはそれよりも指先四本分は高かった。顔に似合わず。
 んー、と力なく笑うのは何かを考えている時の証拠だ。
「ここって気持ちいいなあと」
「んだ。それ」
 へんにゃりした返答に軽く笑って。ソールはまた原っぱに身を預けた。
 柔らかな陽光が降り注ぐ小高い丘の上。 風が運ぶ草花の優しい匂い。
 傘を広げる大樹の木陰は、絶好ののんびりポイントだ。緩やかな斜面に寝転がれば、いつまでもこうしていたいと誰でも思うだろう。
 もう数刻眺めていた木漏れ日の下、すっと伸びた背筋と後頭部下で弛く結ばれたさらさら流れる髪をぼんやりと見つめる。
「……明日、だね」
「だなー」
 陽気にそぐわない少し強張った声音に、努めてだらけきった返事をする。うろんげな顔を向けられるかと思いきや、ハーイルは振り向かなかかった。そもそもさっきの発言からソールの心持ちもバレバレだからだろうか。だが、ここで揃ってしんみりするのは性に合わなかった。
「ちゃんと準備終わった? 保存食食べたりしてないよね ?他にも忘れ物したとかやめてよ」
「……お前お袋と同じこと言うなよ」
 心配はどこへやら。変な方向にそれた空気に心底脱力する。ハーイルのいらぬ気遣いか本当に心配なのか、恐らく両方だろう。
「ダイジョブだよ。周りの方が張り切ってんだから準備に抜かりねえよ。周りが」
 この数日間、あれやこれやを言われた日々を思い出してソールは頭を掻きむしらずにはいられなかった。とうとう解放される時が来たのだと清々しくもある程だ。
 特に色んな意味で一番酷かったのがいる。
「お前んとこなんてその最たるもんじゃねえか」
「っ」
 ビシッと指を突き立てて指摘しなくても、ハーイルの背筋はビクついた。あー、と決まりが悪そうに項垂れる様子からも、一緒に過ごす時間が長い分ソールよりも被害甚大なのだろう。同情しつつ見守る背中が一回り小さくなった気がした。
「………毎日毎日、連れていけって大変でさ……この前なんて鞄の中に片足入れて懇願されたよ……」
「入れるわけねぇだろ」
 ありありと浮かぶその光景に思わずツッコミをいれてしまう。
 最近顔を合わせる度に言われてきたことだか、よもやそんな間抜けな方法にまで及んでいたとは呆れを通り越して関心しそうになる。
「でもよく今日は解放してくれたな」
「いや解放というか逃―――」
「あーいたいたこんなところにー!」
「「っ?!」」
 噂をすればなんとやら、だった。
 遠くから今、最も危惧した声がこの穏やかな空間を割いた。はたはたと若草を踏んで駆けてくる足音が悪魔のそれにしか聞こえない。
 ソールとハーイルは身を硬直させて、いや今からでも遅くはないとその場から駆け出そうか逡巡したくらいだ。
 しかし迷っているうちに脅威は二人の元へ辿りついた。
「二人ともこんなとこにいて! みんな探してたんだからね!」
 こんな大事な日に村から離れて……、と軽く息を切らしてぶつくさ言いながら二人の隣へと当たり前のようにしゃがみこむ。お馴染みの顔触れはもちろんサンだ。
 状況が状況なのにしっくりくるように感じたのは、今までそれだけ多くの時間を過ごしてきたからだろう。僅かな感慨に浸りかけて、いかんと現実に身構える。
 だが。
 けたたましい稲妻でも落ちてくるのかと思いきや、いつまで経っても嵐はやってこなかった。
「…………?」
 そろりと、身体を転がしてハーイル越しに盗み見たサンの、横顔は心なしか曇っていた。若干うつ向きがちだからか、いつもの調子とはうって変わって少し元気がないように見える。
「サン……?」
 ハーイルもその様子に気付いたのか、心配そうに妹の名前を呼んだ。
 サンは両足を抱き締めるようにして微動だにしない。少しだけ、震えているようでもあった。
「……勝手に二人で行っちゃったのかと思って、恐かったよ」
 ぽそりと呟かれたその言葉に、胸のどこかがつきりと痛んだ。
 サンはストレートに自分の感情を口にする。躊躇いのない真正面からの気持ちは痛いくらいに伝わってくる。だからこそ、はぐらかしは通用しない。二人揃って返事が直ぐには出来なかった。
「……どうしても、行かなきゃいけないんだよね」
 彼女らしくない悄気た声音。
 いつもならそれこそ太陽のように、時には鬱陶しくもあった幼なじみの様子に少なからずショックを覚える。これまでのように体当たりで来られれば返しようもあったが、調子が狂うとは正にこの事だ。
「……そう、だなっと!」
 しかし、いつまでも感傷に浸っていることなどお互い似合わなかった。
 ソールは思いを振り切る為に、勢いをつけて起き上がる。
 くっていてきた葉っぱを、気持ちを一つひとつ整理するように振り払う。
「太陽の双翼は、アルマを導く指針だからな! その行く先を見定めねえでどうすんだよ」
 ハーイルの背中を越えて腕を伸ばす。手のひらに丁度よくはまる形の良い頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わっ髪が」
「そういうこと。だから、ね?」
 駄々っ子を諭す母親のように、ハーイルにも肩を叩かれたサンは恥ずかしそうに顔を紅くした。
 いつものノリで笑ってやれば、乗せられて少しだけ調子を取り戻してきたサンが拳を繰り出してきて、身体を仰け反らせてそれを避ける。
「避けるな!」
「無理無理」
 ムキになって身を乗り出してきたサンから立ち上がって逃げる。サンも負けじとハーイルの肩に手をついて勢いよく立ち上がり、しつこく追いかけ回してきた。
 小さい頃からお決まりのやり取り。それをハーイルが眺めて微笑んでいる。
 風にはためく衣の裾を握り締めようと伸ばされる手を幾度となくかわす。痺れを切らし時折繰り出される蹴りからも何とか逃げおおせて、野うさぎのように野原を跳ね回る。
「あーもー! あぁああああああ!」
「?!」
 いつまで経っても捕まえられないことに癇癪を起こして、サンがいきなり叫びだした。
 ソールがビクつきながら振り返ると、両拳を握り締めて地面を睨んでいた。そのまま微動だにしない。
 恐い静寂が落ちる。
 心地よい春の陽気が一変、爆発前の噴火口のように不穏なものに変わった。
「――すぅ――わたしも行くぅううう!」
 直後、耳をつんざく大音量。
 驚いたのは人間だけじゃない。近くの大樹に残っていた小鳥たち達も一斉に飛び出して、周囲の草花さえざわざわと騒ぎだした。
 その薄い腹のどこからそんな大声が出せるんだと疑いたくなる威力だった。何度も何度も同じことを連呼して、耳を塞がずにはいられない。
「サン……」
いつの間にか、ハーイルがサンの隣に寄り添って落ち着かせるように背中にそっと手を当てた。何も言わずにただそうする兄の袖を、サンは力いっぱい握り締める。
「サンはダメだよ。危ないから」
 どこまでも穏やかに、ハーイルは妹を優しく宥めた。
「危なくない! わたしだってデブリくらい倒したことあるし! そこらへんのなら簡単に倒せるし!」
「ダメ。世界にはもっと強いのがうじゃうじゃいるんだ」
 ハーイルの言う事は最もだった。
 近年この聖域に侵入してくる禍津物──デブリの数は増える一方だったが、その被害はまだ抑えられていた。世界中から聞こえてくるそれはもっと甚大で、軽視することは出来ない。
「それにサンは太陽に愛された娘、愛巫女なんだから、ここにいなくちゃいけないよ」
 陽光に照らされ金色に光る髪をそっと撫でられ、サンの剣幕も若干和ぐ。
「でも、レスティ姉がいる」
「レスティはあくまで君が十五になるまでの名代だ。サンもわかっているよね?」
「……………」
 太陽に愛された娘──それは、このアルマに伝わる重要な役割の一つだ。サンは生まれた時からの天命により定められていた。太陽の御加護を一心に受け、それを民に渡す大切な愛巫女。何においても優先されるべき絶対的な存在。
 だからこそ少女は、張りつめた表情で叫ぶしかない。
「わかってる! わかってるよ全部! 二人が行かなきゃいけないことくらい! わたしが行っちゃいけないことくらい! でも、それでも、わたしも行きたいの!」
潤んだ瞳で訴える、支離滅裂な希望。
無理なのは分かっていても抑えきれない感情にがんじがらめにされている。
苦しんでいる巫女姫の希望を、
「うん……君はちゃんとわかってる」
それでも叶えてやることは出来ない。
「最近は星のバランスも乱れてきたから、ここを疎かにしてはいけないよ。だから原因を探る為にも、僕たちが行くんだ」
 決してキツくはないのに有無を言わさぬ気迫がハーイルにはあった。サンの気持ちも汲み取っているからこそ、諭すような物言いになる。
相手の感情を汲み取りつつ、大局も忘れない思慮の深さ。
 ソールにはまるで出来そうもない芸当だ。
 しょぼしょぼと花が萎れていくように大人しくなったサンはやがてポツリと呟いた。
「……わたし、生まれて初めて太陽に愛されなくていいって思った……」
「滅多なこと言ったらダメだ」
 今度は頭をコツンと小突かれ、両手でそこを押さえる様は少しの憐憫を誘った。
 ここからはソールの出番だ。
「そういうこった! サンがアルマを守るからこそ俺達が旅立てんだ! 期待してるぜ! 太陽の娘!」
 背中を思い切り叩けば、すぱーんと小気味いい音が上がった。顔をしかめつつも反撃して来ないのは首肯と受け取って良い筈だ。
ソールとハーイルに挟み込まれて、サンはぶぅたれるも嫌そうではなかった。
その場で誰とも言わずに腰を下ろして、麗らかな陽気をまた思い出す。気のままに話し始めれば、サンも少しずつ機嫌を直していった。
いつものように他愛のない話やふざけ合いをしていると時間も忘れ、気付けば太陽は傾き、一番星が黄昏に光り始めていた。
 それでも、今日が最後と思えば帰路につくのはまだ早くて。
 三人はずっと一緒にいたのだった。

エピローグ~旅立ち

 朝日が目に染みるようだった。
 毎日見てきたそれが、今日だけは違うものに思えた。
 金色に揺らめく赤が照らし出すのは、色々な表情をした群衆だ。強ばっているもの、満面の笑みを浮かべたもの、はにかんだもの、心配そうなもの、沢山の顔がそこにはあった。
 彼らが取り巻くのは二つの人影。
 光を背負うように立つ―――太陽の双翼。
 二人は背中に大きな荷物を背負い、今まさに旅立たんとしていた。
 村の一番外側の道が別れを惜しむ人々でごった返す。
「んじゃまあ、そろそろ行くぜ」
 ひとしきり挨拶を終えてから、ソールが少し疲れた様子で片手をあげた。
「そうだね。皆さんありがとうございます」
 丁寧に挨拶をして、頭を下げるのはハーイルだ。
 この対照的な二人が同じ運命を背負い、使命を果す為広い広い世界へと旅立つ。
 二人で。
「……………」
 一歩、サンは前に出る。
 まだ胸を突き動かす衝動を抑えて。
 今すぐにでもその手を掴んで、一緒に飛び出したくなるのをなんとか自制しながら。言葉しか贈ることが出来ない自分に歯噛みする。
「無理しないで。元気に帰ってきてね……」
「おうよ」
「サンも気をつけてね」
 大したことは言えなかった。簡単な言葉しか交わせなかった。
 最後にミルド婆と話す二人を見つめることしか出来なかった。
 これ以上話していたら、やっぱり自分の気持ちを誤魔化しきれなくなってしまう。
 うつ向きながら震える腕を抑えていると、乱暴な仕草で頭の上に手が置かれた。
「アルマを頼んだぞ、サン!」
 片目で見上げたソールは、歯を見せて笑っていた。
 これでもかと髪を掻き乱されて、普段なら拳一つでもお見舞いするところだが今日は違う。次にいつこうしてもらえるか、わからない。
 握った拳を振り上げる。でもそれは殴るためではなくて。
 ソールもちゃんと、わかったくれた。
「うん!」
 コツンと、拳と拳を付き合わせる。触れ合った体温が離れていく。
 名残惜しむようにその場に残した手をゆっくりと開いて、空へと伸ばした。
「いってらっしゃい!」
 太陽も霞ませる笑顔で、サンはめいっばいに破顔した。
「おう!行ってくるぜ」
「行ってきます」
 二人も満面の笑みで応えると、同時に一歩を踏み出す。
 その門出を祝福するように、太陽がより輝きを増した気がした。
「確かに緊張もしてる。でもな、やっぱり外を見られるってのは、すっげえ楽しみだ!―――お前もいるしな!」
「うん!僕にもソールがいるからね!」
 そう話す二人の背中はとても頼もしかった 。
 手を振りながら小さくなっていく、その姿をいつまでも見つめ続ける。
「……どうか無事に帰ってきますように。―――アルマの御加護よ」
 両の手を重ねる。

 太陽の娘はその双翼の行きし彼方を思って祈りを捧げた。
 二人の歩む道にその守護があるように。またこの地を踏むことが出来るように。
 太陽を祭る全ての民が、静かに彼らの無事を願った。


 後日。
 幾度となく太陽が巡り、数えるのを忘れてしまうくらい朝と昼が来た頃。
 ミルド婆と朝の御勤めをして、その説法を聞いている時のことだった。
 荒々しく副神殿の幕を開けて飛び込んできた村人の叫びに、ミルドとサンの表情は変わった。
 無我夢中で外に飛び出して、星導の祭壇を目指す。
 真っ白になった思考の中で反響する耳を疑った言葉。
 ―――ソールとハーイルの星が、消えた。
 にわかには信じられなかった。この目で確認するまで受け入れられなかった。
「昨日までは、アルデハランに、あったのに……っ…!」
 昨晩、毎日の日課のように円盤を覗き込みこの目で見た。
 世界を表す星導の地図に浮かんでいた二つの星は、確かに北の大地アルデバランにあったのだ。
 ―――突然消え失せたんだ。
 なのに、管理人は血相を変えてそう言った。
 訳がわからなかった。
 意味がわからなかった。
「なん、で……」
 駆け込んだ祭殿でそれに飛び付いた。
 目にした光景に、上下した喉がひきつる。
「………………」
 何の光りも示さないその神器を見下ろして。
「…………っ!」
「サン?!」
 衝動だけで駆け出した。
 周りの人の制止も振り切って飛び出した。いてもたってもいられなかった。
 全力で疾走するのは、彼らの歩いた道。彼らの辿った星の道標。


 ―――少女は旅に出た。消えた“太陽の双翼”を探しに。
 それから出会った十字の星を頂く彼らと共に。


 そして待ち受けた悲劇に呑まれ、千年の時をさ迷う。

el ma Riu


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民族・幻想・ゲーム系音楽を
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